この記事では、「青森 そばめし」で調べた方に向けて、そばめしがどこで生まれた料理か、発祥店とされる神戸市長田区の店「青森」とその作り方を、神戸市長田区のページと神戸新聞の記事で確かめた範囲でまとめます。

あわせて、青森県で食べられるそばや麺の料理を紹介します。

そばめしは神戸市長田区の「こなもん」

神戸市長田区のページでは、長田区にはこなもんやぼっかけ、くぎ煮、多国籍料理などの食文化が根づいているとしています。

長田の「こなもん」には、長田焼き・すじ焼き・モダン焼き・チヂミ・そばめし・ホルモンうどんなどがあります。

同じページでは、そばめしはケミカルシューズの街である長田の女工さんが、ごはんをお好み焼屋で温めなおしてもらうついでに、ソバに混ぜて誕生したと言われていると紹介しています。

農林水産省「うちの郷土料理」の青森県のページに載っている郷土料理(せんべい汁、けの汁、ひっつみ、かっけなど29品)に、そばめしは含まれていません。

「青森そばめし」を青森県の郷土料理とする説明は、これらの資料とは合わないので、この記事ではそばめしを長田の料理として紹介します。

そばめしの始まりと発祥店とされる「青森」

2018年12月8日の神戸新聞の記事によると、そばめしの起源は1955年ごろで、シューズ工場で働く従業員らが昼食に持ってきた冷や飯を店の鉄板で温め、注文した焼きそばと一緒に食べていたとされます。

昼休みの時間短縮にと、両方を混ぜたのが始まりとされています。

同じ記事では、発祥店として名をはせる店として長田区久保町4の「青森」を取り上げています。

「青森」は1957年創業で、記事の時点では3代目の青森功樹さんらが切り盛りしており、85年ごろに2代目が店を継ぐ際に「そばめし」としてメニュー化したと書かれています。

店の名前の「青森」は、記事で紹介されている3代目の青森さんの名字と同じです。

記事は元祖を断定しておらず、同じ久保町の「やよい」(1953年創業)には、材料・作り方・見た目がそばめしと同じ「グッドライス」があり、起源はそばめしより古いとしています。

そのうえで、「そばめし」という名前でメニュー化したのは新長田では「青森」が最初のようだとし、青森の2代目はメニュー化の際にやよいの先代に相談したと書いています。

発祥店とされる店のそばめしの作り方

神戸新聞の記事では、そばめしを、中華麺とご飯をすじこんなどと一緒に熱々の鉄板の上で炒め、ソースと混ぜ合わせた料理と説明しています。

2018年の記事の時点で、「青森」のそばめしは、中華麺1玉と茶わん1杯分のご飯、そぼろ状の牛すじをつぶしながら炒め、ウスターとオイスターソースで味付けし、お好みで地ソース「ばらソース」をかけるものでした。

神戸市長田区のページによると、「ぼっかけ」は牛すじとコンニャクを甘辛く煮込んだもので、長田ではすじ焼やそばめし、うどんなどに広く使われるようになりました。

この記事では、「青森」と「やよい」の現在の営業時間や所在地の詳細は確かめていないので、訪れる前に店の最新の情報を確かめてください。

青森県で食べられるそば・麺の料理

青森県の公式観光サイト Amazing AOMORI によると、「黒石つゆやきそば」は、昭和30年代後半に黒石市中郷地区にあった「美満寿」で、黒石独自の太平麺で作られた「黒石やきそば」につゆをかけたのが始まりだと言われています。

黒石には「黒石やきそば・黒石つゆやきそば」を扱う店舗が70店舗以上あり、各店舗によって味も外見も様々です。

そばでは、津軽地方に古くから伝わる「津軽蕎麦」の製法があり、3日間、毎日工程の終わりに寝かせて作ります。

南部地方には、そば粉や小麦粉の生地を薄くのばして三角形に切り、ゆでてにんにく味噌をつけて食べる「かっけ」があります。

青森県のそばについては、津軽そばの製法と製麺所の記事、そばの店ごとの所在地の一覧、蕎麦屋で頼める品の記事、西目屋村のそば打ち体験の案内で紹介しています。

そばめしについては神戸市長田区の食のまちのページと神戸新聞のそばめしのルーツの記事、黒石つゆやきそばについてはAmazing AOMORI の黒石つゆやきそばのページで確かめられます。

※ そばめしの説明とぼっかけは神戸市長田区「食のまち長田」、そばめしの始まりと店「青森」「やよい」、作り方は神戸新聞NEXT「長田のこなもん調査、「そばめし」のルーツたどる」(2018年12月8日)、青森県の郷土料理は農林水産省「うちの郷土料理」の青森県のページ、黒石つゆやきそばは青森県の公式観光サイト Amazing AOMORI、津軽蕎麦は同サイトの2025年の記事、かっけは農林水産省「うちの郷土料理」によります。店の情報は記事の時点のものです。2026年10月19日に確認しました。